(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月22日。)
朝起きて、とりあえず冷蔵庫にある物を食う。
ご飯・味噌汁・魚、みたいな感じで、パン・スープ・卵。
外は雪が降り続き、天気は良くない。
良くないが、雪は嫌いではないし、むしろウキウキする。
なので、散歩がてらLCBOへ。
普段なら意識しない程度の距離も、この日はけっこう労力を使う。
(煉瓦色の背の高い建物が我がアパート。)
いきなり吹雪いたり、ましになったり。
吹雪いても、体が濡れる心配は一切無い。
車道はかろうじて自動車が走行できる感じではあるが、歩道はどこにあるのかもよくわからない。
往復で一時間ほど歩いたかな。
なかなか良い運動である。
ビール12本、ワイン1本、ウイスキー1本、日本酒1本。
買ってきた酒類を冷蔵庫に入れる。
しかしなんとなく気分は弾薬庫、「戦闘準備完了」という感じ。
昼になり、腹が減ったので、焼いた鶏肉とキャベツの千切りをパンに挟んで食べる。
鶏肉はジャークチキンの素を塗って焼いたが、相変わらず辛すぎる。
本当に、「邪悪」と脳内変換せずにいられない。
なぜあの店にはHotバージョンしか売っていなかったんだろう。
ビールにライムの汁を搾ったが、量が多すぎて不味かったし、濁って微妙だった。
その後、家でごそごそ。
4時頃に近所のヤバスーへ買い物。
ついつい、必要でもない物を買ってしまった。
1.メープルシロップ:本物は偽物の4倍以上の値段である。
2.アイスクリーム:一升ほどで、7ドルほど。
3.ホワイトビネガー:ミツカンの米酢は持っているのに。
4.マスタードの様な物:何となく買ってみた。
5.細切れのピクルスのような物(写真奥中央の黒いフタの瓶):ワゴンセール的なたたき売りで49セントだったが、不味い。
とりあえず、未経験の豆をさらに2種類買ったが、これは「必要な物」に分類しておこう。
ちなみに、パンは堅くなったパンが59セントだったのでそれをチョイス。
晩ご飯。
この日せっかく鶏肉を買ったけど、なぜか冷凍の豚肉を焼いて食べる。
衣を付けて揚げ物のような感じにして食べた。
豚肉の向こうに写っている物は、ゆでてマッシュしたYam。
味から判断するに、このYamは結局ただのサツマイモだったのだろうか(色はだいぶ濃かったけれど)。
このビールは白ビール。
オレンジピールとコリアンダーの風味が付いている。
2011年1月15日土曜日
2011年1月14日金曜日
離陸成功かな・・・(1月14日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月22日。)
朝から順調に作業をこなす。
しかし最近、作業をこなしているだけで、新しい事を考えていない気がする。
ダメだなあと思う。
昼ご飯。
食べ散らかしたように見えるかもしれないが、これは食べる前である。
このときの店員は、なんだかやけに上機嫌で、鼻歌を歌いながら調理する黒人女性だった。
「鶏肉、切る?」と聞かれたのでYesと答えると、普通の包丁を鉈(ナタ)のように振り上げて、バンッ、バンッと切っていた。
店の人がこの容器に鶏肉を放り込んだ後、コールスローのような何か(キュウリ?)かイモかを選べと言ってきたので、なんとなくイモにしてみた。
そしたら最後にパンが付いてきた。
それなら正体不明の白っぽい緑色の何かにしておけば良かった。
午後はCVRセミナーで発表を聞く。
今までで一番よく聞き取れたが、たぶん半分も聞き取れていない。
内容も興味深く、話し方のうまい人だった。
鶏肝が、作られてから1週間近く経つので、そろそろ食いきらねばやばい。
親子共々葬ってやる、と卵をプラス。
ちなみにヒヨコマメはもう無い。
ふりかけは、じゃこベースで、すこし山椒の香りがする(日本から持ってきた既製品)。
インスタントの味噌汁はこれで打ち止め。
明日からの土日で、朝昼のサイクルを完全に調節せねば。
朝から順調に作業をこなす。
しかし最近、作業をこなしているだけで、新しい事を考えていない気がする。
ダメだなあと思う。
昼ご飯。
食べ散らかしたように見えるかもしれないが、これは食べる前である。
このときの店員は、なんだかやけに上機嫌で、鼻歌を歌いながら調理する黒人女性だった。
「鶏肉、切る?」と聞かれたのでYesと答えると、普通の包丁を鉈(ナタ)のように振り上げて、バンッ、バンッと切っていた。
店の人がこの容器に鶏肉を放り込んだ後、コールスローのような何か(キュウリ?)かイモかを選べと言ってきたので、なんとなくイモにしてみた。
そしたら最後にパンが付いてきた。
それなら正体不明の白っぽい緑色の何かにしておけば良かった。
午後はCVRセミナーで発表を聞く。
今までで一番よく聞き取れたが、たぶん半分も聞き取れていない。
内容も興味深く、話し方のうまい人だった。
鶏肝が、作られてから1週間近く経つので、そろそろ食いきらねばやばい。
親子共々葬ってやる、と卵をプラス。
ちなみにヒヨコマメはもう無い。
ふりかけは、じゃこベースで、すこし山椒の香りがする(日本から持ってきた既製品)。
インスタントの味噌汁はこれで打ち止め。
明日からの土日で、朝昼のサイクルを完全に調節せねば。
2011年1月13日木曜日
生活再離陸の予感(1月13日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月22日。)
なんとか夜のうちに寝られるようになってきたので、朝もまあまあ起きられる。
日中もそこそこ働けるようになってきた。
しかし、想像する通りには働けない。
昼にネットでニュースをチェックして、そままだらだらと時間をつぶしてしまったり。
ちょこちょこ作業をして5時に帰宅。
タマゴサンドを食べる。
実はパンは半円である。
なんとか夜のうちに寝られるようになってきたので、朝もまあまあ起きられる。
日中もそこそこ働けるようになってきた。
しかし、想像する通りには働けない。
昼にネットでニュースをチェックして、そままだらだらと時間をつぶしてしまったり。
ちょこちょこ作業をして5時に帰宅。
タマゴサンドを食べる。
実はパンは半円である。
2011年1月12日水曜日
生活の再離陸に向けて(1月12日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月18日。)
先日のSkypeミーティングが参考になったので、この日は順調に進むはずであった。
しかしその考えが油断を生み、何時間もOSの再設定(特に緊急でもない設定)などに時間を費やしてしまった。
それでも後半には、徐々に作業が進み始める。
進み始めたら始めたで、また微妙に油断してきて、5時前に帰宅。
冷凍していたお好み焼き(緑の物体無し)を解凍して食す。
焼いたときは堅かったけど、再加熱するとなぜか逆にへにょへにょになった。
そして割れた。
味は結構いける。
基本的に朝昼逆転のまま。
しかし、なんとか戻せそうな予感。
先日のSkypeミーティングが参考になったので、この日は順調に進むはずであった。
しかしその考えが油断を生み、何時間もOSの再設定(特に緊急でもない設定)などに時間を費やしてしまった。
それでも後半には、徐々に作業が進み始める。
進み始めたら始めたで、また微妙に油断してきて、5時前に帰宅。
冷凍していたお好み焼き(緑の物体無し)を解凍して食す。
焼いたときは堅かったけど、再加熱するとなぜか逆にへにょへにょになった。
そして割れた。
味は結構いける。
基本的に朝昼逆転のまま。
しかし、なんとか戻せそうな予感。
2011年1月11日火曜日
体力けっこうキツめ(1月11日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月18日。)
朝、いつもよりも30分早く起きてみる。
そして朝食の写真などをとて見る。
左のスープは、1ヶ月以上前に作ったサボイキャベツのスープ。
早起きしたが、寝たのがかなり遅かったのでむちゃくちゃ眠たい。
大学でもちょこちょこと作業するが、効率は悪い。
そして気分も上向きにならない。
朝と同じスープに他の調味料を混ぜ、なぞの麺類を食べる。
左はつゆだく、右は熱々の状態で卵を落としてかき混ぜた。
どちらも、見た目と同じく味は微妙だった。
これにてこのスープの冷凍備蓄は打ち止め。
論文のことで、日本のとある先生とSkypeで相談。
とても参考になった。
それと同時に、便利な世の中を実感する。
朝昼逆転治らず。
2011年1月10日月曜日
超へま(1月10日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月18日。)
実験に関して、今まで、とある重要な角度の計算の仕方を間違っていた可能性アリ。
今までやってきた実験がすべてうそっぱちになってしまうのでは・・・。
ボス、スーパーあきれ顔。
なんと、いくつかの勘違いが重なった結果、実は実験結果には影響していなかったという幸運に恵まれる。
ただしボスの僕に対する信頼はほぼ0(マイナス?)に戻る。
一日中ため息をついてぼんやりと過ごす。
帰宅後、すぐにご飯。
まだ夕方。
胃腸の調子が良くないこともあり、キャベツなどを食べてみる(以前に調理済み)。
とか言いながら、パンには溺れるほどチーズをかけてみる。
ここ最近リズムが狂っているので、またしても夕方に数時間寝てしまった。
ダメだ。
リズムが戻らない。
実験に関して、今まで、とある重要な角度の計算の仕方を間違っていた可能性アリ。
今までやってきた実験がすべてうそっぱちになってしまうのでは・・・。
ボス、スーパーあきれ顔。
なんと、いくつかの勘違いが重なった結果、実は実験結果には影響していなかったという幸運に恵まれる。
ただしボスの僕に対する信頼はほぼ0(マイナス?)に戻る。
一日中ため息をついてぼんやりと過ごす。
帰宅後、すぐにご飯。
まだ夕方。
胃腸の調子が良くないこともあり、キャベツなどを食べてみる(以前に調理済み)。
とか言いながら、パンには溺れるほどチーズをかけてみる。
ここ最近リズムが狂っているので、またしても夕方に数時間寝てしまった。
ダメだ。
リズムが戻らない。
2011年1月9日日曜日
寝て過ごす(1月9日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月18日。)
日曜日。
夜遅く(ほぼ朝)寝たので、ゆっくり起きる。
それでもがんばって起きた。
とりあえずご飯を食べる。
しかし眠たくなってまた寝る。
もう、「どうにでもなれ」という感じで好きなだけ寝る。
日曜日。
夜遅く(ほぼ朝)寝たので、ゆっくり起きる。
それでもがんばって起きた。
とりあえずご飯を食べる。
しかし眠たくなってまた寝る。
もう、「どうにでもなれ」という感じで好きなだけ寝る。
2011年1月8日土曜日
順調に見せかけて崩壊開始(1月8日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月15日。)
朝起きて、とりえあずご飯を食べる。
1ヶ月ほど前に作ったスープ。
冷凍庫のストックは、これをもって空っぽに。
なので昼からF氏とともにヤバスーへ。
買い物結果はこのような感じ。
オイスターソースとか缶詰とかジンジャーエール(6本セット)とか、贅沢品てきなものを結構買ったし、チーズも買ったので、値段は結構行った。
しかし、古くなったパンが49セントで売られていた。
これはお得かも。
キャベツはF氏とシェアすることになっていたので、F氏来室。
キャベツを切り分け、しばしおしゃべり。
F氏から「SATSUMA MANDARIN」を一ついただく。
ネットで調べると、温州みかんのことだそうだ。薩摩のみかんに名前をつけるときに、みかんの産地として有名だった温州(中国の地名)を付けたそうだ。
命名の雰囲気としては「ソメイヨシノ」と同じか。
F氏が去った後、昼飯を作り始める。
と言っても、もうおやつの時間。
とりあえず、大量のキャベツを消費すべくお好み焼き。
しかしネギを買い忘れた。
日本でゲットしたカツオ節をかける。
青のりはない。
結果として、緑色の無いお好み焼きに。
ソースはオイスターソースにスパイス類を混ぜてそれっぽい味に。
ちょっとでかくなったので、半分だけ食べた。
が、この後すぐにもう半分も食べた。
ササッと食べて、「ネギなしでも、まあ、いけそうだ」と判断したので残った具材でさらにタネを作って数枚焼いておいた。
ラップして冷凍。
ここまでは順調に過ごしたが、この後寝てしまった。
単なる昼寝のはずが、ジェットラグのせいで、マジ寝。
夜中に起き、完全に朝昼逆転の予感。
朝起きて、とりえあずご飯を食べる。
1ヶ月ほど前に作ったスープ。
冷凍庫のストックは、これをもって空っぽに。
なので昼からF氏とともにヤバスーへ。
買い物結果はこのような感じ。
オイスターソースとか缶詰とかジンジャーエール(6本セット)とか、贅沢品てきなものを結構買ったし、チーズも買ったので、値段は結構行った。
しかし、古くなったパンが49セントで売られていた。
これはお得かも。
キャベツはF氏とシェアすることになっていたので、F氏来室。
キャベツを切り分け、しばしおしゃべり。
F氏から「SATSUMA MANDARIN」を一ついただく。
ネットで調べると、温州みかんのことだそうだ。薩摩のみかんに名前をつけるときに、みかんの産地として有名だった温州(中国の地名)を付けたそうだ。
命名の雰囲気としては「ソメイヨシノ」と同じか。
F氏が去った後、昼飯を作り始める。
と言っても、もうおやつの時間。
とりあえず、大量のキャベツを消費すべくお好み焼き。
しかしネギを買い忘れた。
日本でゲットしたカツオ節をかける。
青のりはない。
結果として、緑色の無いお好み焼きに。
ソースはオイスターソースにスパイス類を混ぜてそれっぽい味に。
ちょっとでかくなったので、半分だけ食べた。
が、この後すぐにもう半分も食べた。
ササッと食べて、「ネギなしでも、まあ、いけそうだ」と判断したので残った具材でさらにタネを作って数枚焼いておいた。
ラップして冷凍。
ここまでは順調に過ごしたが、この後寝てしまった。
単なる昼寝のはずが、ジェットラグのせいで、マジ寝。
夜中に起き、完全に朝昼逆転の予感。
2011年1月7日金曜日
2011年1月6日木曜日
ホリデー明け(1月6日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月15日。)
朝、かろうじて起き、ボスの部屋へ。
予想通り、1週間の日本生活の間に、英語が全然使えなくなっている。
昼にパソコンを取りに帰り、ご飯を食べてそのままバックレた。
つまり、朝ボスと話し合いしただけで、あとはサボり。
朝、かろうじて起き、ボスの部屋へ。
予想通り、1週間の日本生活の間に、英語が全然使えなくなっている。
昼にパソコンを取りに帰り、ご飯を食べてそのままバックレた。
つまり、朝ボスと話し合いしただけで、あとはサボり。
2011年1月5日水曜日
さらば日本(1月5日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月15日。)
この日たまたまダーリンの仕事が休みだったので、伊丹空港まで車で送ってもらった(というか僕が自分で運転したけど)。
2時間以上早く着いたので、空港内で時間をつぶすことに。
一通り空港内を見学。
酒屋があって、その中に「試飲自動販売機」的な物があって興味深かった。
おちょこ一杯分ずつ買える、という感じの機械らしい。
しかしダーリンには車を運転して帰ってもらわねばならず、僕だけ飲んでも仕方ないので今回は見送り。
出発前に昼ご飯を食べようと言うことで、豚カツ屋へ。
選んだ理由は、カナダの一人暮らしでトンカツを食べる機会は少ないと考えたから。
程なくトンカツが運ばれてくる。
おー、トンカツだ。うまそうだ。
しかし微妙に喉を通らない。
酔い止めを飲んで、ダーリンとお別れして搭乗。
成田に着くと、ターミナルまでバス移動だった。
飛行機から階段で地面に下りるのは初めて。
今まで乗った飛行機はすべて、飛行機の出入り口とターミナルの廊下が直接接続される形式だった。階段で降りるとか、特別便のやることだと思っていたのでちょっとびっくり。
おー。
自分が乗ってきた飛行機をこんな角度で見たことはない。
バスで数分移動したら、たしかに国際線のターミナルに連れて行かれた。
空港内にアキハバラ発見。
やはり、いわゆる伝統的な「和風」のおみやげだけでなく、家電関係もおみやげとして強いのだろうな。
この後シカゴへ飛び、トロントへ。
しかし、預けた荷物が出てこない。
どうやら同じ経路でトロントにたどり着いた他の人たちも同じ目に遭っているらしい。
日本のパスポートを持っている人がいたので声をかけてみたら「もう、またロスト・バッゲージ。こないだも遭ったんですよ。」とキレていた。
どうやらバッグは後日自宅に配達されるらしく、住所などを申請して解散。
・・・のはずだったが、僕はうっかり自宅の鍵が預け荷物の中に入ったままだったことを思い出した。
その旨を係の人に言うと、彼曰く「11時半まで待つか?」と。
どうも11時頃の便で空港に到着するらしい。
11時半と言えば、4時間後か・・・。
「待つ。」
不安な気持ちを抱えつつ待ち続け、結局荷物をゲットできたのは12時半頃だった。
空港から出るとむちゃくちゃ寒い。
カナダだな、と思う。
タクシーを拾って帰宅。
空港で一時はどうなるかと心配だったが、家の前まで来るとすごくうれしい気分。
うれしい気分もあって、運転手にちょっと多めにチップを渡す。
彼は「ほんとに?ありがと!」と言っていた。
あれ?多すぎたか?・・・そうでもないはずだが。
なにはともあれ、家に着いた。
ぐったり。
この日たまたまダーリンの仕事が休みだったので、伊丹空港まで車で送ってもらった(というか僕が自分で運転したけど)。
2時間以上早く着いたので、空港内で時間をつぶすことに。
一通り空港内を見学。
酒屋があって、その中に「試飲自動販売機」的な物があって興味深かった。
おちょこ一杯分ずつ買える、という感じの機械らしい。
しかしダーリンには車を運転して帰ってもらわねばならず、僕だけ飲んでも仕方ないので今回は見送り。
出発前に昼ご飯を食べようと言うことで、豚カツ屋へ。
選んだ理由は、カナダの一人暮らしでトンカツを食べる機会は少ないと考えたから。
程なくトンカツが運ばれてくる。
おー、トンカツだ。うまそうだ。
しかし微妙に喉を通らない。
酔い止めを飲んで、ダーリンとお別れして搭乗。
成田に着くと、ターミナルまでバス移動だった。
飛行機から階段で地面に下りるのは初めて。
今まで乗った飛行機はすべて、飛行機の出入り口とターミナルの廊下が直接接続される形式だった。階段で降りるとか、特別便のやることだと思っていたのでちょっとびっくり。
おー。
自分が乗ってきた飛行機をこんな角度で見たことはない。
バスで数分移動したら、たしかに国際線のターミナルに連れて行かれた。
空港内にアキハバラ発見。
やはり、いわゆる伝統的な「和風」のおみやげだけでなく、家電関係もおみやげとして強いのだろうな。
この後シカゴへ飛び、トロントへ。
しかし、預けた荷物が出てこない。
どうやら同じ経路でトロントにたどり着いた他の人たちも同じ目に遭っているらしい。
日本のパスポートを持っている人がいたので声をかけてみたら「もう、またロスト・バッゲージ。こないだも遭ったんですよ。」とキレていた。
どうやらバッグは後日自宅に配達されるらしく、住所などを申請して解散。
・・・のはずだったが、僕はうっかり自宅の鍵が預け荷物の中に入ったままだったことを思い出した。
その旨を係の人に言うと、彼曰く「11時半まで待つか?」と。
どうも11時頃の便で空港に到着するらしい。
11時半と言えば、4時間後か・・・。
「待つ。」
不安な気持ちを抱えつつ待ち続け、結局荷物をゲットできたのは12時半頃だった。
空港から出るとむちゃくちゃ寒い。
カナダだな、と思う。
タクシーを拾って帰宅。
空港で一時はどうなるかと心配だったが、家の前まで来るとすごくうれしい気分。
うれしい気分もあって、運転手にちょっと多めにチップを渡す。
彼は「ほんとに?ありがと!」と言っていた。
あれ?多すぎたか?・・・そうでもないはずだが。
なにはともあれ、家に着いた。
ぐったり。
2011年1月4日火曜日
携帯電話(1月4日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月15日。)
この日はすでにダーリンは仕事。
僕は一人で在宅。
携帯電話に来たメールをパソコンから読んだりできるサービスがあるらしいので、どこもショップへ。
そういう契約を果たし、帰宅。
しかしプランを変更し忘れた。
もっとお得なプランがあるような気がするが。
しかも、実はケータイメールをパソコンからチェックできるとか、そんな機能僕には必要無かった気がする。
数日前に成田に着いたとき、携帯電話のメールを受信すると、3通。
うち2通はメーリングリストから。
1通は、「アドレス変えました」。
カナダへ行く日程などは知り合いにもほとんど言わず移動し、3ヶ月が経っていたわけで。
それで3通。
すばらしい。
この日はすでにダーリンは仕事。
僕は一人で在宅。
携帯電話に来たメールをパソコンから読んだりできるサービスがあるらしいので、どこもショップへ。
そういう契約を果たし、帰宅。
しかしプランを変更し忘れた。
もっとお得なプランがあるような気がするが。
しかも、実はケータイメールをパソコンからチェックできるとか、そんな機能僕には必要無かった気がする。
数日前に成田に着いたとき、携帯電話のメールを受信すると、3通。
うち2通はメーリングリストから。
1通は、「アドレス変えました」。
カナダへ行く日程などは知り合いにもほとんど言わず移動し、3ヶ月が経っていたわけで。
それで3通。
すばらしい。
2011年1月3日月曜日
ESTA支払いとかジーパンとか(1月3日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月15日。)
朝からESTA登録を試みる。
僕の情報自体は仮登録された状態になっているので、「Pay」ボタンを押してクレジットカード番号などを入れるだけなのだが、どうも「Pay」ボタンが効かない。
あれこれ試してもダメ。
2,3時間、入力内容を変えたり、ESTAの解説のページを見たりしてもどうしても解らない。
が、在日アメリカ領事館のトップページを見たら、「1日から3日の間は、支払いシステムのメンテナンスのためお支払いいただけません」と書かれていた。
そう言うことはESTAのページにも書いておけ。
安い洋服屋へジーパンを買いに行く。
ジーパンてなんであんなに高いの。
そのほかちょこちょこしたシャツも数点。
ユニクロへも行った。
カナダではユニクロを着ていても他人とかぶることもないし、「ユニクロか」とばれることもない。
ダーリンと買い物をしているが、数日後にまた日本を発つことを思うと、どうもあまりうきうきしない。
朝からESTA登録を試みる。
僕の情報自体は仮登録された状態になっているので、「Pay」ボタンを押してクレジットカード番号などを入れるだけなのだが、どうも「Pay」ボタンが効かない。
あれこれ試してもダメ。
2,3時間、入力内容を変えたり、ESTAの解説のページを見たりしてもどうしても解らない。
が、在日アメリカ領事館のトップページを見たら、「1日から3日の間は、支払いシステムのメンテナンスのためお支払いいただけません」と書かれていた。
そう言うことはESTAのページにも書いておけ。
安い洋服屋へジーパンを買いに行く。
ジーパンてなんであんなに高いの。
そのほかちょこちょこしたシャツも数点。
ユニクロへも行った。
カナダではユニクロを着ていても他人とかぶることもないし、「ユニクロか」とばれることもない。
ダーリンと買い物をしているが、数日後にまた日本を発つことを思うと、どうもあまりうきうきしない。
2011年1月2日日曜日
さらば実家(1月2日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月14日。)
実家から戻る。
家に荷物を置いて、大阪へ服を買いに行く。
こういう買い物は慣れた土地の方がやりやすい。
一旦帰宅後、近所のホルモン屋へ。
カナダでもホルモン焼きとかあるのかな。
ホルモンも生魚と同じくらい「日本でなきゃありつけない」レベルが高い気がする。
あれ?これ行ったのって、3日だったかな?
実家から戻る。
家に荷物を置いて、大阪へ服を買いに行く。
こういう買い物は慣れた土地の方がやりやすい。
一旦帰宅後、近所のホルモン屋へ。
カナダでもホルモン焼きとかあるのかな。
ホルモンも生魚と同じくらい「日本でなきゃありつけない」レベルが高い気がする。
あれ?これ行ったのって、3日だったかな?
2011年1月1日土曜日
2010年12月31日金曜日
帰省(12月31日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月14日。)
実家に帰ることにする。
途中で雪が降り出し、あっという間に積雪。
チェーンを巻いてGo!
カナダより豪雪なのでは。
(助手席から撮影)
ちなみに、うちの実家とダーリンの実家は自転車で数分の距離なので、一緒に帰って別々の家で過ごす、というパターンが定着している。
実家の人たちも元気そうである。
よかったよかった。
前任校で獲得していた「共通教育賞」の賞状などを祖母に見せる。
これで「自慢の孫度」アップである。
ちなみに、共通教育賞というと、なんだか優秀な学生に贈られる賞のように思うかもしれないが、あくまで教員に贈られる賞である。
しかし夜にはむちゃくちゃ眠たくなって、知らない間に寝てしまっていた。
除夜の鐘の音で一瞬目が覚めたが(家の裏とか横とか寺だらけなもので)、再び記憶がとぎれた。
実家に帰ることにする。
途中で雪が降り出し、あっという間に積雪。
チェーンを巻いてGo!
カナダより豪雪なのでは。
(助手席から撮影)
ちなみに、うちの実家とダーリンの実家は自転車で数分の距離なので、一緒に帰って別々の家で過ごす、というパターンが定着している。
実家の人たちも元気そうである。
よかったよかった。
前任校で獲得していた「共通教育賞」の賞状などを祖母に見せる。
これで「自慢の孫度」アップである。
ちなみに、共通教育賞というと、なんだか優秀な学生に贈られる賞のように思うかもしれないが、あくまで教員に贈られる賞である。
しかし夜にはむちゃくちゃ眠たくなって、知らない間に寝てしまっていた。
除夜の鐘の音で一瞬目が覚めたが(家の裏とか横とか寺だらけなもので)、再び記憶がとぎれた。
2010年12月30日木曜日
2010年12月29日水曜日
日本着(12月29日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月14日。)
飛行機の中では本も読まず、映画も見ず、パソコンも開けずに、ずっとうとうとしていた。
イタリア旅行へ行くために初めて半日フライトしたときは、機内で暇で暇で仕方なかった覚えがある。
しかし、今回のように全行程寝続ければ暇もへったくれもない。
成田着。
あまり「日本に帰ってきたー!」という感覚はない。
廊下でぶつかりそうになった日本人に「ソーリー」とか言ってしまう。
しかし、ペコペコお辞儀しながら別れ行く人たちを見たとき、ああ日本だな、と思った。
乗り継ぎ。
スムーズに搭乗するも、他の便との乗り継ぎの都合上、出発が遅れるとのアナウンス。
あきらめて寝る。
伊丹空港に着き目覚めると、どうやら1時間遅れで到着したようだった。
モノレール、阪急を乗り継ぎ帰宅。
久しぶりにダーリンと夕食。
うまい。
飛行機の中では本も読まず、映画も見ず、パソコンも開けずに、ずっとうとうとしていた。
イタリア旅行へ行くために初めて半日フライトしたときは、機内で暇で暇で仕方なかった覚えがある。
しかし、今回のように全行程寝続ければ暇もへったくれもない。
成田着。
あまり「日本に帰ってきたー!」という感覚はない。
廊下でぶつかりそうになった日本人に「ソーリー」とか言ってしまう。
しかし、ペコペコお辞儀しながら別れ行く人たちを見たとき、ああ日本だな、と思った。
乗り継ぎ。
スムーズに搭乗するも、他の便との乗り継ぎの都合上、出発が遅れるとのアナウンス。
あきらめて寝る。
伊丹空港に着き目覚めると、どうやら1時間遅れで到着したようだった。
モノレール、阪急を乗り継ぎ帰宅。
久しぶりにダーリンと夕食。
うまい。
2010年12月28日火曜日
日本へ(12月28日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2011年1月8日。)
朝4時過ぎに起き、身支度。
朝5時過ぎ、真っ暗な中家を出る。
バス停まで15分くらいで考えていたが、荷物のせいもあってか結構時間がかかる。
小走りで行くも、すんでの所でバスの方が早く来て、通り過ぎてしまった。
ダッシュしながら、大声で手を振り、「Wait!Wait!」と叫ぶと、10メートルか20メートルほど過ぎたところで止まってくれた。
客は僕一人。
乗り換えポイントのバス停に着くと、ちょうど次のバスが待っていた。
僕が乗ると即出発。
ナイスタイミング。
途中で不安になったので運転手に、「これで空港まで行けますよね?」と聞くと、「うん、座って待ってろ」と言われた。
隣の客が親切にもう少し詳しく教えてくれた。
空港について、時間があるのでおみやげを買おうとするも、トランクを預ける前に入れる土産屋はあまりにしょぼい。
なのでとりあえずチェックインしてトランクを預けることに。
が、チェックインの時に重大な失敗を指摘される。
アメリカ(僕は乗り継ぎ)に入るには事前にWebのESTAというシステムで入国申請(VISAの代わり)しておく必要があったらしい。
「げ。」となったが、係の女性が「空港内にコンピュータがあるから登録してこい」と教えてくれた。
そんなのでOKなのか。
しかしコンピュータの場所が解らずあちこちの人に聞きまくるも、なかなか正確な情報を教えてくれる人がいない。
最後に聞いた相手なんて、「そんなのこの辺にはないよ」と。
僕が「でも、さっき違う人はこの辺にあると教えてくれたよ」と言うも、「ない」。
しかし僕が立ち去ろうとするとその人が「あー、お客さん、もしかたらこれじゃない?」と後ろから声をかけてきた。
振り返って、彼が指さす物体を見るとたしかにそれっぽい。
彼曰く、「前はこんなの無かったよ。新しくできたみたいだね。」
我思う、「((全然新しく見えません。))」
それは有料の(情報提示用の特殊な)コンピュータだったんですが、インターネットにもつながる模様。
しかし操作しても反応が遅く、ネット回線はスーパー不安定。
電話回線以下の速度で、ESTA申請途中で必ず止まる。
20分ほどのうちに数ドル浪費し、何度トライしても新しいページに進めないので退却。
空港内の無線LANを使おうとするも、電波が弱くて使えなかった(これは僕のラップトップの性能の問題でもある)。
結局最後は、案内所のお姉さんに愚痴ったら、お姉さんの手元のパソコンで入力してくれた。
一瞬で終わった。
最後に手数料支払いの画面が出てきて、僕が進めようとすると、それがクレジットカードの情報入力画面だったこともあり、お姉さんが「え、今これに入力するの?7日以内に払えばいいのよ」と言ってくれたので、支払いは保留(・・・これがまちがいだった)。
振り出しに戻り、チェックイン。
「ああ、さっきの人ね。ESTAには登録してきましたね?」と言われ「Yes」。
係の女性が「あれ、おかしいなぁ。」とか言いながら、もう一度「本当にESTAに登録したのね?」と聞くので「Yes」。
晴れてチェックイン。
カナダからアメリカに行くには、アメリカの入国審査がカナダの中である。
なので次は入国審査なのだが、超長蛇の列で、むちゃくちゃ待たされた。
やっと僕の番になって、入国審査官に「Hello」。
指紋とか顔写真とかいろいろ取られた後、入国審査官がうんざりした顔。
彼曰く、「おいおいー。おまえ、コンピュータ*******、今からこの書類書く必要あるわ。」と。
****の部分は聞き取れなかったが、後から推論するに、「事前登録していなかったから」的なことを言っていた模様。
書類を書いているときに、僕が「あれ、これESTAと同じ質問項目だね」と言うと、彼曰く「そうだ、本当は事前に登録してなかったら入国できねーんだぞ」と。
「えー、したよ」
「でもコンピュータ上に反映されていない。」
「まじで?」
「まじ。金も払ったか?」
「あ、すんません、払ってません。」
「とにかくその紙を書け。」
「わかた。」
その場は審査官からいろいろ注意を受けて何とか通してもらった。
持ち物チェックなどをすべて終えた時点で、出発20分前。
大急ぎでテキトーにおみやげのメープルシロップなどを買う。
レジに持ってゆくと、店員から「日本へはこのサイズのは持ち込めない」と指摘され選び直し。
金を払ってダッシュ。
ギリギリで搭乗。
機内でうとうとしている間にシカゴ着。
シカゴでは1時間ほど余裕があると思っていたのに、付いたらすでに搭乗開始時間になっている!
えー、寝ていて気づかなかったけど、飛行機遅れたのか?!
ここでもダッシュ!
ダッシュしながらも、ゴソゴソとカメラを出して記念撮影。
(旗はなぜかオーストリアの国旗?)
ギリギリセーフ、と思ったら、どうも搭乗している雰囲気ではない。
・・・・。なんで?・・・・。
実は、トロントとシカゴの間には1時間の時差があり、シカゴ時間はまだ1時間前だったというわけ。
つまり、飛行機も通常通り運航していて、時間も余裕があった、と。
気を取り直してメシ。
こんな巨大である必要ないのだけれども、アメリカだから仕方ないのかな。
具材は、キノコとタマネギを炒めたような物。
あとは搭乗して機内で寝るだけで日本に着く。
機内では、席は窓側だったのでトイレに行くのは面倒だったけど、凍った海を見下ろしたりできたし、壁にもたれて寝ることができた。
朝4時過ぎに起き、身支度。
朝5時過ぎ、真っ暗な中家を出る。
バス停まで15分くらいで考えていたが、荷物のせいもあってか結構時間がかかる。
小走りで行くも、すんでの所でバスの方が早く来て、通り過ぎてしまった。
ダッシュしながら、大声で手を振り、「Wait!Wait!」と叫ぶと、10メートルか20メートルほど過ぎたところで止まってくれた。
客は僕一人。
乗り換えポイントのバス停に着くと、ちょうど次のバスが待っていた。
僕が乗ると即出発。
ナイスタイミング。
途中で不安になったので運転手に、「これで空港まで行けますよね?」と聞くと、「うん、座って待ってろ」と言われた。
隣の客が親切にもう少し詳しく教えてくれた。
空港について、時間があるのでおみやげを買おうとするも、トランクを預ける前に入れる土産屋はあまりにしょぼい。
なのでとりあえずチェックインしてトランクを預けることに。
が、チェックインの時に重大な失敗を指摘される。
アメリカ(僕は乗り継ぎ)に入るには事前にWebのESTAというシステムで入国申請(VISAの代わり)しておく必要があったらしい。
「げ。」となったが、係の女性が「空港内にコンピュータがあるから登録してこい」と教えてくれた。
そんなのでOKなのか。
しかしコンピュータの場所が解らずあちこちの人に聞きまくるも、なかなか正確な情報を教えてくれる人がいない。
最後に聞いた相手なんて、「そんなのこの辺にはないよ」と。
僕が「でも、さっき違う人はこの辺にあると教えてくれたよ」と言うも、「ない」。
しかし僕が立ち去ろうとするとその人が「あー、お客さん、もしかたらこれじゃない?」と後ろから声をかけてきた。
振り返って、彼が指さす物体を見るとたしかにそれっぽい。
彼曰く、「前はこんなの無かったよ。新しくできたみたいだね。」
我思う、「((全然新しく見えません。))」
それは有料の(情報提示用の特殊な)コンピュータだったんですが、インターネットにもつながる模様。
しかし操作しても反応が遅く、ネット回線はスーパー不安定。
電話回線以下の速度で、ESTA申請途中で必ず止まる。
20分ほどのうちに数ドル浪費し、何度トライしても新しいページに進めないので退却。
空港内の無線LANを使おうとするも、電波が弱くて使えなかった(これは僕のラップトップの性能の問題でもある)。
結局最後は、案内所のお姉さんに愚痴ったら、お姉さんの手元のパソコンで入力してくれた。
一瞬で終わった。
最後に手数料支払いの画面が出てきて、僕が進めようとすると、それがクレジットカードの情報入力画面だったこともあり、お姉さんが「え、今これに入力するの?7日以内に払えばいいのよ」と言ってくれたので、支払いは保留(・・・これがまちがいだった)。
振り出しに戻り、チェックイン。
「ああ、さっきの人ね。ESTAには登録してきましたね?」と言われ「Yes」。
係の女性が「あれ、おかしいなぁ。」とか言いながら、もう一度「本当にESTAに登録したのね?」と聞くので「Yes」。
晴れてチェックイン。
カナダからアメリカに行くには、アメリカの入国審査がカナダの中である。
なので次は入国審査なのだが、超長蛇の列で、むちゃくちゃ待たされた。
やっと僕の番になって、入国審査官に「Hello」。
指紋とか顔写真とかいろいろ取られた後、入国審査官がうんざりした顔。
彼曰く、「おいおいー。おまえ、コンピュータ*******、今からこの書類書く必要あるわ。」と。
****の部分は聞き取れなかったが、後から推論するに、「事前登録していなかったから」的なことを言っていた模様。
書類を書いているときに、僕が「あれ、これESTAと同じ質問項目だね」と言うと、彼曰く「そうだ、本当は事前に登録してなかったら入国できねーんだぞ」と。
「えー、したよ」
「でもコンピュータ上に反映されていない。」
「まじで?」
「まじ。金も払ったか?」
「あ、すんません、払ってません。」
「とにかくその紙を書け。」
「わかた。」
その場は審査官からいろいろ注意を受けて何とか通してもらった。
持ち物チェックなどをすべて終えた時点で、出発20分前。
大急ぎでテキトーにおみやげのメープルシロップなどを買う。
レジに持ってゆくと、店員から「日本へはこのサイズのは持ち込めない」と指摘され選び直し。
金を払ってダッシュ。
ギリギリで搭乗。
機内でうとうとしている間にシカゴ着。
シカゴでは1時間ほど余裕があると思っていたのに、付いたらすでに搭乗開始時間になっている!
えー、寝ていて気づかなかったけど、飛行機遅れたのか?!
ここでもダッシュ!
ダッシュしながらも、ゴソゴソとカメラを出して記念撮影。
(旗はなぜかオーストリアの国旗?)
ギリギリセーフ、と思ったら、どうも搭乗している雰囲気ではない。
・・・・。なんで?・・・・。
実は、トロントとシカゴの間には1時間の時差があり、シカゴ時間はまだ1時間前だったというわけ。
つまり、飛行機も通常通り運航していて、時間も余裕があった、と。
気を取り直してメシ。
こんな巨大である必要ないのだけれども、アメリカだから仕方ないのかな。
具材は、キノコとタマネギを炒めたような物。
あとは搭乗して機内で寝るだけで日本に着く。
機内では、席は窓側だったのでトイレに行くのは面倒だったけど、凍った海を見下ろしたりできたし、壁にもたれて寝ることができた。
2010年12月27日月曜日
ディナー(12月27日)
日中は家でゴソゴソ。
3時からボスと軽くミーティングして、一緒にL女史宅でディナー。
H邸であるような「家族一同」と言う感じでもなく、合計5人で大人の集まりって感じ(?)。
日本料理はどうせ口に合うかどうかわからないから、面白い食材ということで高野豆腐を持参。
しかし、誰も一切コメントせず、僕も高野豆腐とは何かを説明するタイミングを逃してしまった。
やはり口に合わなかったのだろう。
11時ごろまで楽しみ、家まで送ってもらった後、荷造り。
就寝は2時半ごろ。
3時からボスと軽くミーティングして、一緒にL女史宅でディナー。
H邸であるような「家族一同」と言う感じでもなく、合計5人で大人の集まりって感じ(?)。
日本料理はどうせ口に合うかどうかわからないから、面白い食材ということで高野豆腐を持参。
しかし、誰も一切コメントせず、僕も高野豆腐とは何かを説明するタイミングを逃してしまった。
やはり口に合わなかったのだろう。
11時ごろまで楽しみ、家まで送ってもらった後、荷造り。
就寝は2時半ごろ。
2010年12月26日日曜日
ボクシングデー(12月26日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは12月30日。)
前日のクリスマスディナーも続き、この日もH家からボクシングデーのパーティーにご招待いただいていた。
しかし僕は朝起きると喉に違和感があったので辞退した。
「風邪」というほどではないが、日本への長旅を二日後に控えているので。
家でおとなしくデータの分析など。
帰ってきたF氏に話を聞かせてもらうと、ボクシングデーのパーティーは、「家族でディナー」というよりは「知っている人が集まってガヤガヤ」だったようだ(もちろん家族も)。
晩は次の日に持ってゆく高野豆腐を作った。
前日のクリスマスディナーも続き、この日もH家からボクシングデーのパーティーにご招待いただいていた。
しかし僕は朝起きると喉に違和感があったので辞退した。
「風邪」というほどではないが、日本への長旅を二日後に控えているので。
家でおとなしくデータの分析など。
帰ってきたF氏に話を聞かせてもらうと、ボクシングデーのパーティーは、「家族でディナー」というよりは「知っている人が集まってガヤガヤ」だったようだ(もちろん家族も)。
晩は次の日に持ってゆく高野豆腐を作った。
2010年12月25日土曜日
クリスマス not ボクシング(12月25日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2010年12月26日。)
朝、だらだら起きてぼけーっとしていたらダーリンからビデオチャットの呼び出し音が。
まさかそんな時間に起きているとは思わなかったので(向こうは夜中1時半)びびった。
しゃべりながら、こちらはブランチを取る。
その後身支度を調えて、F氏とともにバスでH邸へ。
持参したワインを奥さんに渡すと「これは今日の?明日の?」と聞かれて意味不明状態。
どうやら、我々自身はボクシングデーのパーティーに呼ばれたと思っていたが、日付の通り、今日はクリスマスパーティで、あすにボクシングデーのパーティーもするらしい。
そこからProf. Hの自動車で彼の息子さん邸へ。
家に入ったとき皆靴を脱ぎ始めた。
いわゆる玄関というか、上がりかまちがあれば「あ、脱ぐのだな」とすぐに解るが、一瞬何が起きているのか解らず戸惑う。
Prof. Hの奥さんに「僕もブーツを脱ぐべき?」と聞くと、「うん、それがいいね。」と。
どうやら、単にリラックスのためではなく、雪や泥を入れないようにするためのようである。
つまり、いくら土足生活とはいえ、濡れたような靴で入るのはマナー違反なのか。
いろいろと立派な家である。
とりあえず、クリスマスに暖炉の前にあるクリスマスツリーを見たのは、生まれて初めてである。
F氏の先輩が昔持ってきたという大魔王(焼酎)をいただきつつ、皆でパズルなどする。
人が集まり始め、皆でKINECTに興じる。
絶妙なタイミングでディナー。
やはり家庭料理はいいなぁ。
食後、The Settlers of Catanというボードゲームをする。
さすがにBlockusのような単純なパズルゲームではなくボードゲームのルールをその場で理解するのは難しいな。
しかしなかなか興味深いゲームであった。
帰路は、Prof. Hにアパート前まで送っていただいた。
帰宅後、テレビをつけていたら番組終了後の映像が流れていたが、それが延々と暖炉の映像を放映する物だった。
数時間前に見ていた本物の暖炉は僕にとっては非日常的な場面であったが、これはこれでまた非日常的な異様な雰囲気を醸し出していた。
朝、だらだら起きてぼけーっとしていたらダーリンからビデオチャットの呼び出し音が。
まさかそんな時間に起きているとは思わなかったので(向こうは夜中1時半)びびった。
しゃべりながら、こちらはブランチを取る。
その後身支度を調えて、F氏とともにバスでH邸へ。
持参したワインを奥さんに渡すと「これは今日の?明日の?」と聞かれて意味不明状態。
どうやら、我々自身はボクシングデーのパーティーに呼ばれたと思っていたが、日付の通り、今日はクリスマスパーティで、あすにボクシングデーのパーティーもするらしい。
そこからProf. Hの自動車で彼の息子さん邸へ。
家に入ったとき皆靴を脱ぎ始めた。
いわゆる玄関というか、上がりかまちがあれば「あ、脱ぐのだな」とすぐに解るが、一瞬何が起きているのか解らず戸惑う。
Prof. Hの奥さんに「僕もブーツを脱ぐべき?」と聞くと、「うん、それがいいね。」と。
どうやら、単にリラックスのためではなく、雪や泥を入れないようにするためのようである。
つまり、いくら土足生活とはいえ、濡れたような靴で入るのはマナー違反なのか。
いろいろと立派な家である。
とりあえず、クリスマスに暖炉の前にあるクリスマスツリーを見たのは、生まれて初めてである。
F氏の先輩が昔持ってきたという大魔王(焼酎)をいただきつつ、皆でパズルなどする。
人が集まり始め、皆でKINECTに興じる。
絶妙なタイミングでディナー。
やはり家庭料理はいいなぁ。
食後、The Settlers of Catanというボードゲームをする。
さすがにBlockusのような単純なパズルゲームではなくボードゲームのルールをその場で理解するのは難しいな。
しかしなかなか興味深いゲームであった。
帰路は、Prof. Hにアパート前まで送っていただいた。
帰宅後、テレビをつけていたら番組終了後の映像が流れていたが、それが延々と暖炉の映像を放映する物だった。
数時間前に見ていた本物の暖炉は僕にとっては非日常的な場面であったが、これはこれでまた非日常的な異様な雰囲気を醸し出していた。
ダウンタウンなど(12月24日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2010年12月24日。)
朝起きてからビデオチャットしたりパソコンでゴソゴソ。
昼飯食った後、食材不足なので、とりあえず豆を水に浸しておく。
野菜がない。
こういう時のために冷凍している野菜スープもあるが、日本からこっちに戻って食べるものが無いと困るので、キープ。
洗った後、火を通す前の豆はこんなに色とりどりなのに・・・。
そういえば昨日の会話で「明日どこか行きますか」的な話になっていたので、F氏が飲酒から回復したかどうかをスカイプで打診。
大丈夫なようで、とりあえずダウンタウン行きますかと3時30に出発。
おしゃれショッピング街などは、人がほとんどいない。
日本ならブランド品を買いに来るカップルでにぎわうような所であるが、やはりこちらでは「クリスマスを家族で過ごせないのはかわいそうな人たち」という認識があるのか。
パブの類もガラガラ。
つまりこちらでは24日はかき入れ日ではないらしく、いつもどおり6時前には、むしろいつもより早くどんどん店が閉まってゆく。
少し下り、もうすこし雑然とした所に来るとそこそこ人がいる。
しかしアジア系の人間がいつもより少し多い気がする(普段から多い)。
我々のようにクリスマスとあまり関係のない人がぶらぶらしているのだろうか。
そう言えば、開いているレストランは、いかにもファーストフードという店と、SUSHI、中東料理屋だけだったかも。
たまたまか。
ロボットダンスのおじさんは今日はダンダススクエアで活躍。
イートンセンターの中はこんな感じ。
外は寒いので人は入っているし、ツリーはあるが、個々の店舗のやる気は感じられない。
本日のとりあえずの目的地としていた、市役所前に到着。
屋外のスケートリンクができていて、入場無料。
F氏は「靴を買ってまた来る」と言っていたが、帰り際にレンタル靴を発見。
しかし本日は帰ることに。
帰りにF氏に外食を提案してみたが、非常に消極的で、F氏との外食は難しい事だと悟る。
ダンダススクエアで、コリアン系(たぶん)のギャルズ3人組に声をかけられ、写真撮影をお願いされた。
撮った後、「確認して」と言ったら、画面を見て「うん、大丈夫、ありがとう、よいクリスマスを」と。
なんて答えて良いのか解らないのでとりあえず、「ユートゥー」とか言ってみた。
と思ったら、待っていたかのように、似たような他の娘さんに写真撮影をお願いされた。
無害っぽくて写真撮影もうまそうな東アジアのジェントルマン(僕)は、たぶんあの場に立ち止まっていたら、また次の人に写真撮影をお願いされた自身がある。
そういえば、中国の瀋陽でも、猛烈に中国語を話しながら近づいてきた人にデジカメを渡されたな。
帰宅後、夕食の選択肢は一つしかないので、したかたなく豆に火を通す。
F氏に豆スープ要るかスカイプで聞くと、要るというので部屋に持ってゆく。
とF氏も食事の準備中だったので、「せっかくなのでうちの広い(しかも片づいている!)部屋で食べますか?」ということに。
写真左手がご主人様、手前がわたくしめ召使いの席。
召使いは黒ビール付き。
召使いはビールでおなかぱんぱん、ご主人様は予定外の豆スープ追加で結構苦しそうだった。
朝起きてからビデオチャットしたりパソコンでゴソゴソ。
昼飯食った後、食材不足なので、とりあえず豆を水に浸しておく。
野菜がない。
こういう時のために冷凍している野菜スープもあるが、日本からこっちに戻って食べるものが無いと困るので、キープ。
洗った後、火を通す前の豆はこんなに色とりどりなのに・・・。
そういえば昨日の会話で「明日どこか行きますか」的な話になっていたので、F氏が飲酒から回復したかどうかをスカイプで打診。
大丈夫なようで、とりあえずダウンタウン行きますかと3時30に出発。
おしゃれショッピング街などは、人がほとんどいない。
日本ならブランド品を買いに来るカップルでにぎわうような所であるが、やはりこちらでは「クリスマスを家族で過ごせないのはかわいそうな人たち」という認識があるのか。
パブの類もガラガラ。
つまりこちらでは24日はかき入れ日ではないらしく、いつもどおり6時前には、むしろいつもより早くどんどん店が閉まってゆく。
少し下り、もうすこし雑然とした所に来るとそこそこ人がいる。
しかしアジア系の人間がいつもより少し多い気がする(普段から多い)。
我々のようにクリスマスとあまり関係のない人がぶらぶらしているのだろうか。
そう言えば、開いているレストランは、いかにもファーストフードという店と、SUSHI、中東料理屋だけだったかも。
たまたまか。
ロボットダンスのおじさんは今日はダンダススクエアで活躍。
イートンセンターの中はこんな感じ。
外は寒いので人は入っているし、ツリーはあるが、個々の店舗のやる気は感じられない。
本日のとりあえずの目的地としていた、市役所前に到着。
屋外のスケートリンクができていて、入場無料。
F氏は「靴を買ってまた来る」と言っていたが、帰り際にレンタル靴を発見。
しかし本日は帰ることに。
帰りにF氏に外食を提案してみたが、非常に消極的で、F氏との外食は難しい事だと悟る。
ダンダススクエアで、コリアン系(たぶん)のギャルズ3人組に声をかけられ、写真撮影をお願いされた。
撮った後、「確認して」と言ったら、画面を見て「うん、大丈夫、ありがとう、よいクリスマスを」と。
なんて答えて良いのか解らないのでとりあえず、「ユートゥー」とか言ってみた。
と思ったら、待っていたかのように、似たような他の娘さんに写真撮影をお願いされた。
無害っぽくて写真撮影もうまそうな東アジアのジェントルマン(僕)は、たぶんあの場に立ち止まっていたら、また次の人に写真撮影をお願いされた自身がある。
そういえば、中国の瀋陽でも、猛烈に中国語を話しながら近づいてきた人にデジカメを渡されたな。
帰宅後、夕食の選択肢は一つしかないので、したかたなく豆に火を通す。
F氏に豆スープ要るかスカイプで聞くと、要るというので部屋に持ってゆく。
とF氏も食事の準備中だったので、「せっかくなのでうちの広い(しかも片づいている!)部屋で食べますか?」ということに。
写真左手がご主人様、手前がわたくしめ召使いの席。
召使いは黒ビール付き。
召使いはビールでおなかぱんぱん、ご主人様は予定外の豆スープ追加で結構苦しそうだった。
2010年12月24日金曜日
気が抜けている!(12月23日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2010年12月23日。)
23日は日本は休日だがこちらは平日である。
しかし、今日はボスがお休みなので僕も休日のように過ごしてしまった(笑)
というか、学部生は今日まで試験のある人もいるが、もう学校の雰囲気はすでにホリデーである。
朝は寝ていた。
昼は家で食べた。
茶色いのは、先日の色の悪い豆スープの最終形態である。
例の臭い豚肉を少し冷凍していたが、臭いことを忘れて使ってしまうと嫌なので消費してしまうことにした。
豆スープに細切れにした豚肉を入れ、チリペッパーとブラックペッパーで味付け強化。
結構いける。
1時か2時くらいにぶらぶら大学へ行き、論文をサーチしたりプリントアウトしたりして帰った。
帰宅後、とりあえずフレンチトーストを食べてみる。
食べ終わった直後にF氏来室。
なんかつまむ物がないかなと思いジャガイモを消費することに。
しかし、「電子レンジでうまく調理する方法無いかなー」と試行錯誤してみたが、どうも、たしかに熱は通るがあまり美味しくない。
一緒に晩飯でも食えれば良かったのだが、残念ながら我が家は食糧難である。
2,3時間話したかな?
しかしウイスキーを飲んだF氏はダウンして部屋に戻っていった。
僕は飛行機のE-Ticketをプリントアウトするのを忘れていたので大学へ行ってプリントアウトしてきた。
再び帰宅後、 前任校に関連したブツを書き先方に投げる。
きちんと晩ご飯を食べなかったので、何か物足りないようで、ずっと何かをだらだら食べている。
23日は日本は休日だがこちらは平日である。
しかし、今日はボスがお休みなので僕も休日のように過ごしてしまった(笑)
というか、学部生は今日まで試験のある人もいるが、もう学校の雰囲気はすでにホリデーである。
朝は寝ていた。
昼は家で食べた。
茶色いのは、先日の色の悪い豆スープの最終形態である。
例の臭い豚肉を少し冷凍していたが、臭いことを忘れて使ってしまうと嫌なので消費してしまうことにした。
豆スープに細切れにした豚肉を入れ、チリペッパーとブラックペッパーで味付け強化。
結構いける。
1時か2時くらいにぶらぶら大学へ行き、論文をサーチしたりプリントアウトしたりして帰った。
帰宅後、とりあえずフレンチトーストを食べてみる。
食べ終わった直後にF氏来室。
なんかつまむ物がないかなと思いジャガイモを消費することに。
しかし、「電子レンジでうまく調理する方法無いかなー」と試行錯誤してみたが、どうも、たしかに熱は通るがあまり美味しくない。
一緒に晩飯でも食えれば良かったのだが、残念ながら我が家は食糧難である。
2,3時間話したかな?
しかしウイスキーを飲んだF氏はダウンして部屋に戻っていった。
僕は飛行機のE-Ticketをプリントアウトするのを忘れていたので大学へ行ってプリントアウトしてきた。
再び帰宅後、 前任校に関連したブツを書き先方に投げる。
きちんと晩ご飯を食べなかったので、何か物足りないようで、ずっと何かをだらだら食べている。
2010年12月22日水曜日
終了ー。(12月22日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2010年12月23日。)
朝、ボスの部屋から戻ってきた時、廊下にチョコレートのケースを持ったB氏がいたので、「やあ、チョコレート?ケースだけ?」とか二言三言挨拶した後オフィスに入った。
その数分後、B氏が部屋に来て、何事でもないような顔をわざと作って、ぽろっとチョコレートを置いて出て行った。
B氏は明らかな英語名であるが、実は本名は全然違う、(元?)中国人である。
B氏は、ひょうひょうとしていて細かいことは気にしない、という風体を装っている。
もらったチョコはイタリアのFerrero社のRocher。
イタリア旅行へ行ったときもどこでも売っていたし、日本でもよく見かける。
明治製菓とかグリコとか、そういう感じなのだろうか。
カナダでもクリスマスシーズンのこの時期、高頻度でTVCMで宣伝している。
午前中は持って行っているコーヒーが残っているので、それと一緒にいただいた。
その後いろいろ実験計画を考えて、昼食。
よくわからん、カフェ的雰囲気の軽食屋でwrapを食す。
中の具は、チキン、レタス。
ガワは白ではなく緑をチョイス。
うっすらとウサギのえさの臭いのする粉モンである。
チキンはどうも形成肉のようである。
アパートの暖房が壊れて退避したホテルの朝食もそうだった。
これらは単に形成しただけでなく、何かが混ざっている気がする。
かまぼこのような感触である。
自動販売機で、Rockstarという飲料の、PUNCH味を購入。
あちこちで見かけるのでとりあえず一度はトライすべきかと思い。
いろいろ入っている。
「Medical ingredients」と「Non-medical ingredients」に分けて書かれている。
PUNCH味は、かつて日本で売っていたアセロラ関連とか、チェリー味をうったった製品のようなフレーバーである。
Rockstarは最近は日本でも売られているそうである。
3時から実験室で実験準備。
5時半からA女史に参加してもらって予備実験。
40分かかる。
終わった後、クリスマスプレゼントに配っていたと思われる手作りクッキーをもらった。
日本語で「おいしい!」と言って、後で「yummyとかdericiousの意味だ」と教えておいた。
写真は撮っていない。
帰宅後、A女史のデータを分析しようと思っていたが、他のことをした。
夜10時に晩ご飯。
先週に酔った勢いでいろいろ買込んでしまい、「あと10日でこんなに消費できるのか」と書いていたが、1週間も経たないうちに、むしろ食料が不足してきた。
がんばって食べ過ぎた。
朝、ボスの部屋から戻ってきた時、廊下にチョコレートのケースを持ったB氏がいたので、「やあ、チョコレート?ケースだけ?」とか二言三言挨拶した後オフィスに入った。
その数分後、B氏が部屋に来て、何事でもないような顔をわざと作って、ぽろっとチョコレートを置いて出て行った。
B氏は明らかな英語名であるが、実は本名は全然違う、(元?)中国人である。
B氏は、ひょうひょうとしていて細かいことは気にしない、という風体を装っている。
もらったチョコはイタリアのFerrero社のRocher。
イタリア旅行へ行ったときもどこでも売っていたし、日本でもよく見かける。
明治製菓とかグリコとか、そういう感じなのだろうか。
カナダでもクリスマスシーズンのこの時期、高頻度でTVCMで宣伝している。
午前中は持って行っているコーヒーが残っているので、それと一緒にいただいた。
その後いろいろ実験計画を考えて、昼食。
よくわからん、カフェ的雰囲気の軽食屋でwrapを食す。
中の具は、チキン、レタス。
ガワは白ではなく緑をチョイス。
うっすらとウサギのえさの臭いのする粉モンである。
チキンはどうも形成肉のようである。
アパートの暖房が壊れて退避したホテルの朝食もそうだった。
これらは単に形成しただけでなく、何かが混ざっている気がする。
かまぼこのような感触である。
自動販売機で、Rockstarという飲料の、PUNCH味を購入。
あちこちで見かけるのでとりあえず一度はトライすべきかと思い。
いろいろ入っている。
「Medical ingredients」と「Non-medical ingredients」に分けて書かれている。
PUNCH味は、かつて日本で売っていたアセロラ関連とか、チェリー味をうったった製品のようなフレーバーである。
Rockstarは最近は日本でも売られているそうである。
3時から実験室で実験準備。
5時半からA女史に参加してもらって予備実験。
40分かかる。
終わった後、クリスマスプレゼントに配っていたと思われる手作りクッキーをもらった。
日本語で「おいしい!」と言って、後で「yummyとかdericiousの意味だ」と教えておいた。
写真は撮っていない。
帰宅後、A女史のデータを分析しようと思っていたが、他のことをした。
夜10時に晩ご飯。
先週に酔った勢いでいろいろ買込んでしまい、「あと10日でこんなに消費できるのか」と書いていたが、1週間も経たないうちに、むしろ食料が不足してきた。
がんばって食べ過ぎた。
2010年12月21日火曜日
夜更かし翌日(12月21日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2010年12月22日。)
前日(と言うか当日の朝)5時前就寝にもかかわらず朝は起きねばならぬ。
昨晩分析したデータを持ってボスとディスカッション。
分析しておいて良かった。
それでも不明な点が残っている。
その後、自オフィスで不明な点について考えていたら、結局自分のミスだったとわかりがっかりげんなり。
学内の建物に、アパートのネット代を払いに行くも「機械が壊れているから後で来て」と言われた。
後で行くと「今日は無理だから明日来て」と言われた。
ティムホートンで昼食を買う。
普段は混んでいるが、今はテスト期間ということもあり、ぶらぶらしている学生が少ない。
小さいオレンジジュース(100%ではない)、ドーナツ、チリスープ、バンで6.25ドルだったかな。
ミスタードーナツのような手提げの箱に入れてくれたが、渡されるときに「底を持て」と言われた。
僕の感覚だと、「底を持つとお熱くなっておりますのでご注意くださいませ」というタイミングだったので聞き違いかと思ったが、確かに「底を持て」と言った。
受け取ってすぐに解った。
箱のクオリティが低くて、今にも底が抜けそうである。
その後実験室でまたもや自分でデータを取る。
5時頃に帰宅。
例の苦い野菜はだしに浸けるとうまそうなので、そのように試みる。
いやいや、それならいっそのこと、ということで、たまにはつけ麺でうどん(のような麺)を食べてみる。
うどんは、まあ、うん、OK。
菜の花のような野菜はけっこういける。
そういえば、以前学内のファーストフードで「Udon」を頼んだら、店員は「ユードン」と発音していた。
(一瞬、牛丼まであるのかと思った。 )
焼きビーフンのようなエスニック料理の麺を選べるというシステムだった。
ユードンは、つるつるもちもちとかではなく、ぱさぱさぼそぼその麺であった。
今日は早く寝ようと思いつつ、もう12時を回っている。
寝るのは1時か。
前日(と言うか当日の朝)5時前就寝にもかかわらず朝は起きねばならぬ。
昨晩分析したデータを持ってボスとディスカッション。
分析しておいて良かった。
それでも不明な点が残っている。
その後、自オフィスで不明な点について考えていたら、結局自分のミスだったとわかりがっかりげんなり。
学内の建物に、アパートのネット代を払いに行くも「機械が壊れているから後で来て」と言われた。
後で行くと「今日は無理だから明日来て」と言われた。
ティムホートンで昼食を買う。
普段は混んでいるが、今はテスト期間ということもあり、ぶらぶらしている学生が少ない。
小さいオレンジジュース(100%ではない)、ドーナツ、チリスープ、バンで6.25ドルだったかな。
ミスタードーナツのような手提げの箱に入れてくれたが、渡されるときに「底を持て」と言われた。
僕の感覚だと、「底を持つとお熱くなっておりますのでご注意くださいませ」というタイミングだったので聞き違いかと思ったが、確かに「底を持て」と言った。
受け取ってすぐに解った。
箱のクオリティが低くて、今にも底が抜けそうである。
その後実験室でまたもや自分でデータを取る。
5時頃に帰宅。
例の苦い野菜はだしに浸けるとうまそうなので、そのように試みる。
いやいや、それならいっそのこと、ということで、たまにはつけ麺でうどん(のような麺)を食べてみる。
うどんは、まあ、うん、OK。
菜の花のような野菜はけっこういける。
そういえば、以前学内のファーストフードで「Udon」を頼んだら、店員は「ユードン」と発音していた。
(一瞬、牛丼まであるのかと思った。 )
焼きビーフンのようなエスニック料理の麺を選べるというシステムだった。
ユードンは、つるつるもちもちとかではなく、ぱさぱさぼそぼその麺であった。
今日は早く寝ようと思いつつ、もう12時を回っている。
寝るのは1時か。
2010年12月20日月曜日
てんこ盛りな一日(12月20日)
(淡々とした単なる記録。これを書いているのは2010年12月21日。)
朝のボスとのディスカッションを終えた後、自オフィスに戻りプログラムに手を加える。
その後スチューデント・センターのフードコートで飯を食う。
ギリシャ料理のファーストフード。
米、いも、レタス、何かの肉(たぶん鶏)。
ヨーグルトソースのような物とスパイシーなソースがかかっている。
僕はこの店の味は系統的に好きだが、やたら塩味が濃いので残念に思う。
また、ここの料理を食べると何時間もあとまで口の中がニンニクな感じ。
食後実験室へ行き、自分を被験者にしてデータを取る。
疲れたなーとか思いながら、終わったら5時か6時くらいだった。
そして帰宅し、とりあえずビールの栓を抜き、飲みながら晩飯を並べる。
角煮のような味付けの豚肉は、温めると臭いかもしれないので冷たい状態でだましだまし食べる。
レスキュー隊として日本酒が奥に控えている。
インスタントの味噌汁に、例の苦い野菜を入れる。
こうして食べるとちょうど良い苦さに感じて結構いける。
(たぶん実際にはそんなに苦くなくて、単にゆですぎて感触が悪くなっているのが苦さの増強を錯覚させているのだと思う。)
食後は日中に取ったデータを分析する。
分析が終わりかけた頃に、今まで決定的な間違いがあったことに気づく。
そして数日前に取ったデータなどもおかしかったことが発覚する。
そして夜中まで再分析。
深夜1時1時40分、世紀の天体ショーの時間になった。
F氏にスカイプで声をかけるも応答なし。
ジャケットを着て外に出る。
外はまったくもって氷点下である。
空を見上げると早速月食が始まっていた。
皆既になるまで小一時間。
アパートのロビーに時々入ったりしながらしのいだが、それでもむちゃくちゃ寒くて、最後には手の指が動かなくなっていた。
部屋に戻り、引き続きごそごそしていたら寝たのは明朝4時40分。
朝のボスとのディスカッションを終えた後、自オフィスに戻りプログラムに手を加える。
その後スチューデント・センターのフードコートで飯を食う。
ギリシャ料理のファーストフード。
米、いも、レタス、何かの肉(たぶん鶏)。
ヨーグルトソースのような物とスパイシーなソースがかかっている。
僕はこの店の味は系統的に好きだが、やたら塩味が濃いので残念に思う。
また、ここの料理を食べると何時間もあとまで口の中がニンニクな感じ。
食後実験室へ行き、自分を被験者にしてデータを取る。
疲れたなーとか思いながら、終わったら5時か6時くらいだった。
そして帰宅し、とりあえずビールの栓を抜き、飲みながら晩飯を並べる。
角煮のような味付けの豚肉は、温めると臭いかもしれないので冷たい状態でだましだまし食べる。
レスキュー隊として日本酒が奥に控えている。
インスタントの味噌汁に、例の苦い野菜を入れる。
こうして食べるとちょうど良い苦さに感じて結構いける。
(たぶん実際にはそんなに苦くなくて、単にゆですぎて感触が悪くなっているのが苦さの増強を錯覚させているのだと思う。)
食後は日中に取ったデータを分析する。
分析が終わりかけた頃に、今まで決定的な間違いがあったことに気づく。
そして数日前に取ったデータなどもおかしかったことが発覚する。
そして夜中まで再分析。
深夜1時1時40分、世紀の天体ショーの時間になった。
F氏にスカイプで声をかけるも応答なし。
ジャケットを着て外に出る。
外はまったくもって氷点下である。
空を見上げると早速月食が始まっていた。
皆既になるまで小一時間。
アパートのロビーに時々入ったりしながらしのいだが、それでもむちゃくちゃ寒くて、最後には手の指が動かなくなっていた。
部屋に戻り、引き続きごそごそしていたら寝たのは明朝4時40分。
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